セブ、またはスグブ(Sugbu)はスペインによる植民地化以前から港町でした。中国(明)のほか東南アジアの多くの国々と取引が行われており、イスラム教も伝わっていました。
1521年4月7日、フェルディナンド・マゼランはセブに上陸しました。彼は地元の領主ラジャ・フマボン(Rajah Humabon)とその王妃、住民たちに歓迎され、彼らは4月14日に洗礼を受け、最初のフィリピンのキリスト教徒となりました。しかしマゼランはこの島々をスペイン領として宣言することはできませんでした。隣のマクタン島で4月27日、領主ラプ・ラプとの戦いで討ち死にしたからです。毎年、この時期になるとマクタン島では祭りが催されます。
1565年4月28日にレガスピ、ウルダネタがスペイン軍を率いて来島。植民を開始。
3世紀の後、1898年6月12日、スペインの支配は倒され独立が宣言されましたが、続くアメリカ合衆国の侵入により再び植民地支配が続きました。1901年、セブは町(municipality)となり1937年2月24日、市(chartered city)となりました。第二次世界大戦では日本軍に占領された後、1945年にはアメリカ軍による奪回が行われ激しい戦場となりました。戦後は、地主と小作の対立が激しくゲリラが活動する他の島や都市と比較してセブ市は平穏なため、多くの海外からの工業投資や観光投資を呼び込み発展しました。