歴史・言語

歴史・人々・言葉

 

歴史

3万年前に、アジア大陸を渡って辿り着いたネグリト人が先住民といわれています。
その後、マレー系の民族が舟で到来し、マレー帝国の一部として明、シャム、アラビア、マレーなどとの通商貿易の拠点として16世紀中期のスペイン人による征服前から、栄えていました。

1521 

ポルトガル人の航海士フェルディナンド・マゼランは世界一周の航海後、セブ島に到着。同乗していた修道しにより、カトリック教布教が始まりフィリピンで最初の布教地となる。

1569

フィリピンに成立した最初のスペイン入植地となる。

1898

スペインから独立宣言をするが、1899年パリ条約によりアメリカ合衆国の再植民地化が始まる。

1901

行政町(municipality)に昇格

1916

米国議会はジョーンズ法でフィリピンに自治を認める。

1934

米国議会はタイディングス・マクダフィー法で十年後の完全独立を認め、フィリピン議会もこれを承諾しフィリピン自治領に移行。

1937

行政市(chartered city)に昇格

1942

日本軍がセブ島に上陸

1945

日本の敗戦に伴い、アメリカ軍が上陸

1946年

独立。

1986年

マルコス政権が長く続いたが(20年間)、民衆の不満がありマルコス政権は崩壊。

2008年現在

グロリア・マカパガル・アロヨが大統領として政治を収める。

2010年5月

マルコス独裁政権を倒した故コラソン・アキノ元大統領の長男、
ベニグノ・アキノ三世上院議員が 第15代フィリピン共和国大統領へ就任。

 

面積

– 総計299,404km2

 

人口

– 総計(2007年)88,574,614人 人口密度287人/km2(フィリピン全土) 世界第12位
セントラルビサヤ:6,398,628人 人口は未だ増加傾向にあり、2020年には1億人を超えるといわれている。

GDP(自国通貨表示)5兆3,186億フィリピン・ペソ(2005年)
GDP(MER)925億ドル – 合計(2005年)世界第48位
GDP(PPP) 合計4094億4500万ドル 世界第25位
1人当り4,770ドル

 

人々

セブの人々は、セブアノ(Cebuano)と呼ばれ、スペイン系、中国系、ヴィサヤ系、ネグリト系の血を受け継いだ人々です。スペインの伝統を色濃く残すこの地域ですが、中国系フィリピン人も数多く見られ、彼らはスペインによる植民地時代に中国南部(福建省)から移住してきた人の子孫で、数世紀にわたりセブの政治・経済に重要な役割を果たしています。メトロ・セブなどに住む高級住宅地に住むセブ人のほとんどは少なからず中国系の地が混ざっているとも言われています。近年は韓国人からの移民・観光客が急増し7万人ほどがセブに住んでいます。

 

言葉

フィリピンの公用語はマニラで主に話されるタガログ語と英語ですが、セブを中心とするビサイヤ諸島ではセブアノ語が主な共通言語となります。フィリピンは世界で3番目に英語を話す人が多い国といわれており、教育やビジネスの場では英語が使われています。特にセブはフィリピンの中でも英語がよく通じるので、旅の言葉として英語を安心して使えます。その他、ビサイヤ諸島の言語としてワライ語やイロンゴ語などがあります。また華僑の人は歴史的に福建省から来た人がほとんどなどで、彼らの間では今でも中国語のアモイの言葉が使われています。

 

宗教

実に国民の9割以上がキリスト教(ローマンカソリック)を信仰するフィリピンに、セブは、マジェラン上陸によるフィリピンのキリスト教発祥地として有名で、フィリピンのなかでも最も歴史と宗教が色濃くのこる土地です。セブ最大のお祭りシヌログパレードに代表されるように、行事や祭事など人々の生活にもキリスト教の影響が色濃くみられます。
宗教はキリスト教、とくにカトリック教会とプロテスタントが主流ですが、ミンダナオ島から来たマラナオ人らの間ではイスラム教が信仰されています。華人には仏教や道教を、インド人にはヒンドゥー教を信仰する者もおり、セブの山手の邸宅街には大きな道教寺院が建っているのが見られます。

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